2009年6月10日水曜日

一昨日から仙台のバードランドでーーー

フジオがベースの日下 孔と出会った仙台のバードランドに行きました。毎年何回かは仕事で仙台にでかけます。その度に必ずバーランには寄っています。フジオが仙台は昔の京都のロックシーンだよ と
よく言ってます。街も狭いし仲間が集まりやすい。良い面もあり仲間うちという悪い面もあります。
ライブハウスの経営はいずこも同じ 厳しいようです。バーランに集まる人たちはフジオに教えられたことが沢山あり元気になってバーランでまた教えて欲しいと熱望してました。バーランの若者はパンクパンクと言っていたがフジオを見て聴いてパンクだロックだブルースだそんなジャンル分け意味ない事を心底から教えられたと言っていました。私もフジオのお陰で仙台では良い若者(世間では悪かも)に出会え良くしてもらってます。今回もすごく世話を掛けました。来年にはフジオと一緒にバードランドに行きたいものです。

2009年6月5日金曜日

(どうしょうかな)がテーマ曲に

みうらじゅんさん原作の映画が8月に公開されるそうです。
どうしょうかながテーマ曲!フジオには使用許可の挨拶がありました。よい曲はいつの時代にも生き続ける。
フジオは今 やっと信頼できる医者に出会って大嫌いな病院になんとか身をゆだねてます。
我慢の苦手なフジオだが今は身体を直すしかありません。8月に京都で大きなロックイベントをキーやんが企画してます。フジオにもとの話がありましたがーーー猛暑の京都!無理でしょうね!
70年代のシィーンの再現が必ず来る思ってます。私の専門 美術の世界でなんとかしたい ウォーホル展はなかなか前に進みません。フジオのサイトに ウォーホールへようこそ のリンクが張ってあります。見てみてください!

2009年5月18日月曜日

昨日はご免なさい!

ここしばらくは フジオは体調を崩してました。 昨日 昼過ぎに電話すると調子が良くないがとにかく
クロコに出かけて挨拶しなければならないなぁ と言ってましたがあまりに元気のない声だったからとにかく今は身体第一!元気になって皆の前に立とうよと言いました。皆さんの期待を裏切り申し訳ない。
これがフジオの本音だろうと思います。めずらしく弱気だったからーーーそれでも私は見守るしかありません!

2009年5月7日木曜日

清志郎の死んだのは堪えてるようだ!

清志郎さんはフジオのことを兄貴と言ってフジオを立てていた。ある時私が清志郎の歌はフジオに似ているねと言うと日本語をロックにすると似るのは仕方ないのだと言っていました。葬儀には行きたいようだったがーーーー体調がねーーー清志郎さんとは仲もよかったしマネジャーさんにもお世話になったようです。残念だが仕方ない。
クロコのDVDはやはり素晴らし出来映え見ていたら涙が出てきました。よくぞここまでやれたなあ
まさに実感!

2009年4月27日月曜日

クロコのライブ版 手元に!

私の手元にも届きました。
あの寒い夜の熱いライブ 入りきれなかった多くの人達に少しでも楽しんでもらいたい。フジオはそのことを一番望んでます。先週 突発ライブを渋谷でやったそうだ。元気になりつつある それだけで嬉しい! まったくフジオを知らないアメリカ生活が長い絵描きのNさんがある日 山口冨士夫と云うロッカー知ってますか?と私に聞いてきた。知ってる!古い仲間だと答えるしかなかった。Nさんはジャニスもジムヘンも生で見た人 日本に帰って日本のロックのなさけなさに驚いたそうだ。皆 カッコウだけロック 中身はからっぽ カッコ悪!そんな中で偶然 フジオのCDを聴いたそうだ。こいつカッコイイ!
いけてる!何者だ?!そして私への山口冨士夫知ってますかの話になったのです。フジオにも伝えました。フジオは会いていなぁーと言ってます。私もこの話 嬉しい 渋谷のライブにNさん連れて行きたかったが私も知らなかったからね Nさん次いつ東京にくるやらーーーー

2009年4月9日木曜日

満開のさくらにつられてーーーー

多摩川のさくらは今年も色あざやかに咲きました。
フジオとさくらにつられて杖をつきながらは人の溢れる堤に出かけました。
何軒かのお店の人からフジオさん!と声が掛かりフジオも機嫌よく答えてました。
寒い頃は身体の痛みが激しくどうなることやら心配でしたが温かくなってきたのでなんとかなって欲しい。
痛みは本当に辛そうです。痛み止めでモウロウ状態の日もあります。それでも少しずつ新曲づくりに取り組んでます。ギターを持つとモウロウが無くなる、さすがだなあーーーー
糖尿病は身体の色々なところにいたずらしてきます。腰の軟骨がなくなりそれが一番の痛みです。
手の指のしびれも時々でるようです。まだまだこの状態からの脱出は難しいだろうな!

2009年4月2日木曜日

70年代に何があったか!

昨日 フイルムアート社から私に電話があった。このブログで宮井さんの事を知り宮井さんに連絡を取りたいとのこと 用件は68年に宮井さんと磯崎新さん松本俊介さんとの対談記事の再掲載の依頼でした。 音楽の70年代はおおよそ再登場しました。次に映像 美術 の再現でしょうね。70年代のクリエィテブな出来事が今 体現せれて来ている。ウォーホルも沢山の映像を残している。まさに今それらを若者に体現して欲しい なんとかしょうと老体に鞭打ちながら駈けずりまわっているがーーーなかなか新聞社は頭が固いので今の状況を理解してくれません。なんとか若者の個々のエネルギーをネットで集めて大きな行動につなげたいのです。甘いと言う人が多数です。だが頑張ります。フジオの公式サイトに ウオーホルへようこそ のリンクを張ってます。見てください。